2016年03月12日

幸田町が「香料の使用自粛のお願い」の案内を発行

 幸田町には町立の保育園が8つあります。
 8つの保育園が一斉に「香料の使用自粛のお願い」という案内を出しました。
 やっと一歩前進です。
 今までどこにどれだけ働きかけても全く対応してもらえなかったのですが・・・

 今回の対応は、役場において保育園の「父母の会」の各園の会長が集まる会合において、ひとりの母親の発言がきっかけで一気に役場が動いてくれたようです。
 同じように苦しんでいる人がたくさんいる、会合の中でその事実がはっきりし、初めて役場がその事実を認識したようです。

 親の直接の発言は重みがある! お役所は住民の直接の声で動く!
 普段、遠慮しがちの人が、勇気を振り絞って発言すると、その重みは一層増す!

 今回の役場の対応は異例の速さ!
 それなりの資料は、役場には十分あったはず! しかし、今までは「知らぬ存ぜぬ」を貫き通していた。
 苦しむ子供を持つお母さんの勇気があったからこそ、だと思います。

 この第一歩を次につなげていって欲しいと思います。
 幸田町には6つの小学校と3つの中学校があります。
 合計9つの学校では、毎年、合成洗剤メーカーがサンプル配りを兼ねて環境講座を開催しているようです。
 環境破壊や皮膚障害や神経障害が明白な化学薬品(国際基準ではっきりと「有害」と指定している)を使った商品を全校生徒に配布して”環境講座”??? せめてこうした行事だけはなくして欲しいものです。
 学校で配布されれば、多くの親は「それが良いもの」と思い込んでしまう。自ら調べることもなく!
 この悪循環だけは何としても断ち切って欲しい。

 そのための第一歩が自然消滅していくことがないよう、ひとりでも多くの人が、ことあるたびに、役場に向けて声をあげていってくださいね。

 合成洗剤や柔軟剤は、法律上は何の問題もなく販売できる商品かもしれませんが、PRTR法において、有害化学物質に指定され、厳重な管理が義務付けられている化学薬品です。
 その危険な化学薬品が、家庭用として使用する場合はその管理が免除される、という例外規定によって、多くのスーパーやドラッグストアで販売されている。
 この事実をひとりでも多くの人に知っていただきたいと切に願っています。

 

 
posted by Noriyuki at 11:47| Comment(0) | お知らせ

中学生の自殺

 世の中には不条理なことが山ほどある。
 そんな中で、どのようにして自分を失うことなく生き続ける力を身に付けるか・・・
 そうした力が身に付くような社会環境をどのように整えていくのか・・・
 そのスタートライン、最少単位は”家族” 私はそう思っている。

 家庭でこうしたことを意識せずに子育てし、子供が成長した時に世の中の不条理にさらされる。
 耐えられない人間が増えるのは当然と言えば当然なのでは???

 学校が悪くない、先生が悪くない、なんていう気は毛頭ない。
 しかし・・・
 あまりにも学校や先生になんでもかんでも押し付けて、その上その責任までもを押し付けすぎていないだろうか?
 「あってはならないミス」かもしれない。
 あってはならないミスも犯してしまうのが人間。
 その瞬間に、マスコミも世間も集中砲火のように一人の人間一つの組織を責めあげる。

 責めている人間たちは、それまでの間にそうしたことが起こらないために何をしてきたというのだ。
 何もしないでその瞬間・瞬間にだけ、したり顔で非のある人間を責めたてる。

 マスコミもそうだ。
 ここまで学校を責めあげるのであれば、どうして福島の事故の責任者を責めあげないのだ。
 力のないものを責めたて、力あるものにひれ伏す。
 それこそが教育界をも腐敗させる大きな要因のはずだ。

 自らが腐敗させる社会環境を作っておきながら、その中で必死で生きている弱い人間を追い詰める。
 この部分を見直さない限り、今後も同じような事件が起こり続けることは明白だ。

 教員は、「腐った文部科学省や教育委員会」と「父兄や社会環境」の板挟みになって疲弊しきっている。
 教員にすべての責任を押し付け、押し付ける連中は批評・批判ばかり。

 教員が、真に子どもたちのためだけに働けるような環境を整えることが何より大切なこと。
 教育委員会や文部科学省のために仕事をしているのではない。
 また、本来、親がすべきことを代行するのが教員の仕事ではない。

 この部分を置き去りにして、なんでもかんでも教員に押し付けている限り、皆さんが考えうような学校にはなっていかないだろう。
 どんなに強い信念を持って教員になった人でも、今のような社会環境が続けば、責任を取らされることがないように、できるだけ余分なことはせずに、言われたことだけをこなす(こなすだけで早朝から深夜までというのが実情だ)、という仕事の仕方になってしまうだろう。

 私は、教員がお役所的に責任逃れの言葉を並べ立てる姿には辟易していますが、その原因をつくっているのはその周りの人たちである、と思っています。

 誰が・・・ ではなく、まずは自分自身が責任ある言動をしていく、それがすべてのスタートライン。

 その場限りの犯人捜しを楽しむのではなく、こうした事件がおこりにくい社会環境を、ひとりひとりが自覚を持って作っていこうよ!
 人を責める前に、まず自分自身の胸に手を当てて・・・

 間違えて欲しくない、みんなが同じ方向を見て同じことをする(させられる)、それがまわりまわって大きな事件の要因になることもある、このことは忘れないで欲しい。
 
posted by Noriyuki at 09:51| Comment(0) | 日記